肺がんの父をもっていた管理人です。がん発覚から死にいたるまでを書きました(2008年2月1日死亡)。また脳梗塞の母のことも少し書いていましたが、2008年9月2日、母に大きな変化がありました。そして、2009年6月25日亡くなりました。簡単ですが、その間のことも書きました。
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今日は父の一周忌だった。早いものだ。もう父が亡くなってから1年たったのだ。母を外出させて出席させた。入所後初めての外出だった。車椅子に座りっぱなしだったので、辛そうだった。会食まではとても無理ということで、家へ帰した。家へ食事を持っていったが、あまり食べなかった。それでも施設では食べることのできない、さしみと焼餅を食べさせたのでよかった。

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サプリメントを日常的に飲んでいる人は多いと思う。私も毎日飲んでいる。飲まなかったときと、飲んでいるときと、どう違うのだろう?飲んでいるときの方が、疲れていても、へたばってしまわないだけの力があるような気がする。気分的なものだけかもしれない。私は、いろいろな栄養素が満遍なくはいっているというものを飲んでいる。特定のものだけを余分にとるのはよくないと思うから。体力の衰えている病人にもいいだろうと、母にも飲ませていた。ジュース状のもので冷蔵庫に保管してあるため、冷たい。夏は飲んでいた。味もいいので抵抗なく飲んでいた。ところが、冬になったら、冷たいからいやだという。それで今はやめている。飲んでいるときと、今とで母に何か変化はあるのか?よくわからない。以前よりもさらに動作が鈍くなっているが、普通に衰えていっているだけなのかもしれない。あるいは、単に寒いからかもしれない。私も、やめてもどうということはないのかもしれない。でも一旦習慣になると、なんだかやめるのが不安になる。


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あまりこのブログを更新していないまま、新年になってしまった。両親とも特に目立った変化はないが、最近母の言うことが時々おかしい。ひょっとして認知症の初期かもしれない。さきほど食べたものを忘れている。食べたかどうかも忘れている。また時間を勘違いする。勘違いの仕方がおかしい。昨日もヘルパーさんが今日は11時から来るとわかっていて、10時過ぎたらまだ来ないと言う。「まだ10時だよ。11時からだから、まだ来ないよ。」と言うと、「11時からだよね?」と言う。「だから、11時になれば来るよ。今10時だよ。」と言っても、変な顔をしている。今10時ということがどうもわからないらしい。

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母は、感覚が鈍くなってきている。例えば、トイレへ行きたいと思って行きかけると、間に合わずに途中でもらすことがある。特に便が柔らかい時はダメだ。まるで、オムツがとれるかどうかという時期の子供のようだ。また、汚したことに気が付かない。先日もトイレへ行ったら、トイレの床が便であちこちよごれていた。どうやら便がひとかけら床に落ちて、それをスリッパで踏んでそのまま歩いたようだ。本人はまったく覚えていない。こびりついた便を取るのはたいへんだ。また充満している臭いがたまらない。30分ほどトイレで格闘したら疲れた。でもしかたがない。ボケて便を投げつけるよりは、かなりましだ。今のところ、ボケはそれほどきていないと思う。

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2006年2月、ようやく初めての下血騒動が収まった頃、今度は骨折した。入浴サービスを受けているときに、バスマットで足をすべらしたらしい。足を少しくじいたようだと言っていた。少し腫れていた。いつもうっ血していて、足がむくんでいるので、それほど気にしなかった。しかし腫れはいっこうに収まらず、痛みが増してきて、もともとゆっくりしか歩けないのに、さらにゆっくりになっていた。治るのに時間がかかっているだけだろうと、しばらく放置しておいた。が、3週間たっても治らないどころか腫れがひどくなってきた。腫れは、足をくじいたことだけによるものか、それとも、何か他に原因があるのかわからなかったので、念のため、父も通っている総合病院へ行った。結果、骨折していた。ただ、もうくっつきかけていると言われた。幸い骨がずれてはいなかったので、このまま固定するだけでいいと言われた。ギブスをはめられた。近所の整形外科へ紹介状を書いてもらって、3週間後にそこへ行き、ギブスをはずしてもらうことになった。母はもともと骨粗しょう症で骨がもろいので、ちょっとしたことで骨折したようだ。

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