肺がんの父をもっていた管理人です。がん発覚から死にいたるまでを書きました(2008年2月1日死亡)。また脳梗塞の母のことも少し書いていましたが、2008年9月2日、母に大きな変化がありました。そして、2009年6月25日亡くなりました。簡単ですが、その間のことも書きました。
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がんの治療方法は、一般的に次のようなものがある。
(1)外科療法(手術)
(2)放射線療法
(3)化学療法(抗がん剤)
(4)免疫療法
肺がんの場合は、ステージⅠ~ⅡB期とⅢA期の一部の場合には手術が行われる。手術後にさらに抗がん剤投与を行う場合が多い。がんを切り取ってしまっているのに、抗がん剤を投与するのは変な気がするが、再発を防ぐ効果があるそうだ。ⅢA期で手術ができないとき及びⅢB、Ⅳ期は、放射線療法と抗がん剤投与とになる。両方を平行した方が効果が高いが、抗がん剤は副作用が大きいため、75歳以上の高齢者は放射線療法だけ行う場合もある。免疫療法はあまり行われていない。まだ科学的に証明できないことが多いそうだ。免疫療法とは、手術や抗がん剤や放射線療法のように癌細胞を直接攻撃するのではなく、生体が本来備えている癌と闘う力、つまり免疫力を高め、癌細胞を排除する療法のことだ。健康食品などもこれに当てはまると言えると思う。しかし健康食品は、いろいろな人がいろいろなものを勧めてくるので要注意。がんになったことが広まるとすぐに、親切心から?金儲けから?よくわからないが、健康食品をどこからか勧められる羽目になるようだ。がんとの闘いの一面は、健康食品の攻撃との闘いか?とも思うことすらある。本当にきくのなら服用したいというのが誰しも本心だろう。そこにつけこんでくる人たちが必ずいる。

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癌も生活習慣病の一種だ。癌になりやすい体質が遺伝するということも聞くが、体質が遺伝するからではなく、家族は食生活が同じ、つまり生活習慣が同じだから、親が癌だと子どもも癌になりやすいそうだ。ようするに癌になる人は生活習慣が悪いのだ。食事には気をつけているつもりだった。でも、学校で習った、こういうものを食べなさい、ということそのものが間違っているとしたら、やはり私は間違った食生活をしていることになる。大ベストセラーとなっている「病気にならない生き方」に書いてあった。この本に書いてあることすべてを信じるかどうかはともかくとして、「こんなに医学が進んでも癌などは増える一方」ということなどは、確かにそうだと思う。

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肺癌は自覚症状がほとんどない。(昨日、痛むと書いたが、あれは放射線治療の結果、放射線の通り道の健康な肺が放射線にやられたためだ。癌そのものは痛まない。)そのため、発見が遅れることが多い。痰や咳がよく出ても、風邪だと普通思ってしまうからだ。あまりにも咳が止まらなくなって、ようやく医者へ行く場合が多いようだ。ただ、扁平上皮癌の初期の頃に血痰が少し出ることが多く、それが重要なサインだ。その時期であれば、外科的な手術(癌の位置によっては内視鏡手術も可能)で完全に除去することができる。父も発覚する2年ほど前に血痰が出たことがあったそうだ。でもまさかそんなこととは思わず、放置した。あのとき医者へ行っていれば、と言っていたがあとの祭りだ。

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退院後は、呼吸器内科に4週間に一度ずつ、放射線科に3ケ月に一度ずつ通院している。レントゲンやCTを撮って、癌が再び大きくなっていないかどうかを調べるためと、血液検査をして、腫瘍マーカーを調べ、数値が上がっていないかどうかを調べるためだ。ようするに様子を見ているだけで、治療は何もしない。薬もない。体調はよかったり、悪かったりしている。特に朝は毎日悪いようだ。昼間も咳や痰が出るし、痛んだり、プチプチ音がしたりしている。そのためいつも、そろそろまた癌が大きくなっているかもしれないと心配している。病院へ行くたびに、今回もまた変化なかったと胸をなでおろしている。

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肺癌の父は、2ケ月ほど入院して、抗癌剤治療と放射線治療とを受けた。癌の種類は非小細胞肺癌のうち、肺門部にできる扁平上皮癌だった。抗癌剤は、パラプラチン(注1)とタキソール(注2)のミックスで、2回投与された。効果が高いとされている抗癌剤だ。本当は4回投与するそうだが、しゃっくりの副作用があまりにも強かったので、2回でやめになった。放射線は1サイクル(35回)照射された。医師の治療の選択は正しかった。おかげで癌はずいぶん小さくなった。その後1年が経過したが、癌の大きさは小さいままだ。ただ、1年たっても変わらないのは、治療だけではなく、その後免疫力を高めるために健康食品をとっているおかげかもしれない。


(注1)パラプラチンは白金錯化合物と呼ばれる抗がん剤の一つ。白金錯化合物は、貴金属である白金の原子を有機酸などが取り囲むような構造をしている。白金錯化合物をがん患者に静脈注射すると、血液中の白金ががん細胞に取り込まれ、がん細胞のDNAの合成を阻害することで抗がん作用を発揮すると考えられている。白金錯化合物として最初に登場したのはブリプラチンでその副作用を軽減する目的で開発されたのがパラプラチン。
(注2)イチイの樹皮成分から見つかった抗がん剤。単独投与でも効果が認められているが、別の抗がん剤との併用療法も行われて、効果をあげている。タキソールは、体内に入ると細胞の骨格を形成する微小管という細胞内組織に結合する。これによって、細胞が分裂するときにできる紡錘糸が形成されるのを阻害する。















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2005年8月、近所の開業医から紹介された大病院へ行き、父は正式に癌の告知をされた。癌の告知は、今は本人に直接する。まるで「風邪ですね」とでもいうように、普通に「肺癌です」と言う。その後続けて、それもかなり大きくなっていて、周りのリンパ腺にも転移している、外科的な手術は不可能、などと普通に話す。下手に本人に隠して、家族にだけ告げるのよりはいいと思う。真実を知ってそして闘った方がいい。言われた本人のショックは、本当のところは本人しかわからない。家族としては、死という、今まではるかかなたにあったもの急に目前に迫ってきて、えっ!と呆然とした。あんなに元気だった父が、病気などしたこともない父が、肺癌だって!! 父は、少し落ち着いてから、戦時中に赤紙(召集礼状)をもらった人と同じ気持ちだろうと言った。癌の告知を受けてからの父の様子は明らかに動揺していた。知人に電話しては泣いていた。すぐにでも自分が死ぬように思ったらしい。確かに完全に治療するのが不可能な癌だと言われたら、そう思ってしまっても無理はない。

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2005年8月、父が肺癌だということがわかった。癌にはステージ(病期)がある。ステージとは癌の進み具合を表す指標のことだ。父はⅢA だった。ⅢAとは、癌はかなり大きくなっており、肺のまわりのリンパ節まで転移している状態だ。ネットで調べたら、5年後の生存率は20数%だった。父はその時76才。癌でなくても5年後に生きているかどうかわからない年齢だ。他人ならまあしかたがないね、となる。しかし、実の親となるとそうはいかない。少しでも長く、少しでも元気で生きていて欲しいと思うものだ。勝手なものだ。みんな、なんでもそうだ。自分に直接降りかからないと真剣にとらえない。親や子となって初めて真面目に考える。

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2つ目のブログに初投稿です。これから毎日書いていこうと思っています。
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