肺がんの父をもっていた管理人です。がん発覚から死にいたるまでを書きました(2008年2月1日死亡)。また脳梗塞の母のことも少し書いていましたが、2008年9月2日、母に大きな変化がありました。そして、2009年6月25日亡くなりました。簡単ですが、その間のことも書きました。
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医師からの連絡はなかった。ということは、水は抜かずに、抗生物質の点滴を継続して安静にしていることになったのだ。このままずっとそうなる。もう治る見込みはほとんどない。まれに水が自然に抜けることもあるそうだが。そうならなければ、いつか悪化して死にいたることになる。いつか近いうちにそういう日が来るだろうとは思っていたが、いざとなると、言い知れず悲しい。

同じ病室の人は、母の他は100才、89才、89才の女性3人だ。100才の人はいつも娘さんが来ている。彼女にうちの母は79才だと言ったら、「若いね!私と変らない。」と言った。そうか、100才の人の子供なら70代だろう。


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夕食を食べさせている途中、ふと食べるのが止まった。どうしたの?と聞くと、わき腹が痛いと言う。今までに感じたことのない痛みだと言う。どちら?右?左?と聞くと、右だと言う。よく食事後に左が痛くなることはある。体がほとんど折れ曲がっているので、胃が膨れてくると、圧迫されるようだ。でもいつものとは違うようだ。早いよ、と言う。早いって、ドキドキ痛むの?と聞くとそうだと言う。(ここのところ、あまりきちんと表現できなくなっているので、こちらで察して質問するしかない。)ナースコールした。看護師さんは、食後の薬の中に痛み止めも出ているのでまずそれを飲んでほしいと言うので、飲ませた。30分たっても変わらないので、再度ナースコールしたら、主治医が来てくれた。胸膜炎の痛みで、どうしようもないそうだ。痛み止めを服用するしかないそうだ。


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胸水の検査結果が出た。胸水が溜まった原因は、細菌感染による胸膜炎だった。この場合、胸水は抜いた方がいいそうだ。水を抜くには、体の前側の肋骨の間を少し切って、太い針を差込み、1~2週間かけてゆっくり抜くそうだ。しかし母は体の変形が著しい。背中がすごく曲がっているため、前の肋骨がくっついてしまっている。そのため通常の水の抜き方ができない。背中から針を入れると体に与える負担が大きく、ほかの臓器を傷つけそうなどのリスクも高く、できないそうだ。残る方法は2つ。1つは、このまま抗生物質の点滴を続けて安静にしている。もう1つは、背中から細い針を入れて(検査用に少し採取したときのように)、抜けるだけ抜く。水は最初は上の方にあるが、抜いていくにつれて減っていくので、だんだん下の方にあることになる。この方法だと奥まで針を入れることができないたね、完全に抜くことはできなそうだ。できれば水を抜いた方がいいので後者にしたいが、細い針でもリスクがあるので、臓器の位置をよく確認して、抜くことが可能かどうか検討するそうだ。抜くのであれば月曜日に電話をするので、同意書に署名をしに来てほしいと言われた。

かなり前から微熱が続いていたのではないかと言われた。そうか!微熱の原因は胸膜炎だったんだ!確かに1年以上前から続いている。もちろん放置した訳ではなく、内科にかかってはいたし、骨折して入院した病院でも、胸のレントゲンも撮っていた。でも、どちらでも肺に異常はないと言われていた。(確かに肺ではない。肺を覆っている胸膜だ。)施設でも医師に診てもらっていたが、膀胱炎の熱かリュウマチの熱かとも言われていた。いろいろな病気を持っているので、なおのこと判断できなかったのだろう。まあ、しかたがない。


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緊急病棟から一般病棟へ移った。呼吸器科は、父のいた3病棟9階(呼吸器センター)か1病棟6階(混合病棟)かのどちらかだ。1病棟6階(1の6)だった。残念!1病棟は古い。1部改装を行っているが、暗くて天井が低くて圧迫感がある。部屋も狭い。(父などは、1の6はいやだ。3の9が空くまで待つと言っていた)でも母が入った部屋は1の6では広い方のようだった。
食事はミキサーしたものをゼリーで固めた嚥下食だ。誤嚥があったせいだと思うが、早く一般食になるといいが。


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午前10時40分ころ、施設から電話がかかってきた。誤嚥があり、吸入をしたが、血液中の酸素濃度が急に下がったため、すぐに病院へ搬送しなければならないということだった。施設と同じ医療法人の経営の病院が満床のため他の提携病院でいいか?と聞かれたのでどこでもいいと答えた。10分くらいたって再度電話がかかってきた。提携病院がどこも満床で、結局、父が長くお世話になった病院になった。母も以前に1度入院したことがあるので、診察券もあるし、よくわかった病院なので私は都合がいい。すぐに私も行った。私が施設へ入るころ、救急車のサイレンが聞こえた。これだと思った。母は酸素吸入をしていた。すぐに救急車に乗せられ私もいっしょに病院へ向かった。意識はある。病院のERへ入った。かなり広いERでブースはたくさんある。「D」というブースだった。少し経って、父が救急車で病院へ舞い戻ったときと同じブースだということに気がついた。父がこの病院がいいと招いたのかもしれない。母は、肺にかなり水が溜まっていた。胸水という。胸水の成分を調べるために採取しなければならない。通常は体の前から肋骨と肋骨の間から注射器で採取するが、母は背中が著しく曲がっているため胸が押しつぶされるようになっていて、前の方の肋骨は隙間がないそうだ。うまくやらないと他の臓器を傷つけてしまう。救急外来の医師は自信がないので、呼吸器科の医師を呼ぶと言う。呼吸器科!まさに父がお世話になった科だ!まさか同じ先生ではないだろうと思ったらやはりさすがに違っていた。CT画像を見る限り、呼吸器(の病気)ではなさそうだが、かといってどの科かかはっきりしないので、呼吸器科で預かるという。やはり父が呼んだようだ。
1.誤嚥性肺炎の疑い。
2.胸膜炎
3.慢性呼吸不全
4.高CO2血症
という4つの病名がとりあえずついた。検査結果によっては病名が変わるようだが、「慢性呼吸不全」と「高CO2血症」は間違いないそうだ。息を吸ってもうまく吐けない状態が続いているらしい。それで二酸化炭素がどんどん血液の中に溜まっていっているそうだ。介助しないと食事もできないほどの、ここのところの調子の悪さの原因はそれだったようだ。入院期間は検査結果が出るまでは未定となった。まずは緊急病棟に入ることになった。

入院すると、介護老人保健施設にはいられない。せっかく少しずつ栄養が取れ始めたのに、施設を退所するはめになってしまった。


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足が時々むくむことがある。おととい(月曜日)にもむくんでいた。いつものだろう、そのうちに収まるだろうと思っていたら、昨日悪化したため、施設の医師の診察を受けたそうだ。血液検査をした結果アルブミンの値が正常値の半分くらいしかなく、これは栄養状態が悪いことを示しているそうだ。点滴にするよりは、まずはなんとか口からを栄養をとることで改善しようと、施設の医師や栄養士やヘルパーさん皆さんで、母の食欲を促す方法を考えてくれている。ありがたいことだ。栄養補給のドリンクの味を嫌がるので、ムース状にして、黒蜜やマーマレードを入れてくれた。そしたら食べた。


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2月末が要介護認定の更新時期だった。施設にいるので、施設が区役所へ連絡をとってくれて面接も施設で行われた。立会いも施設のケアマネージャーがやってくれた。その結果が3月6日(金)に来た。予想通り要介護3になっていた。排泄が人の手を借りないとできないのと、認知症が明らかに見られる点ではないかと思う。


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