肺がんの父をもっていた管理人です。がん発覚から死にいたるまでを書きました(2008年2月1日死亡)。また脳梗塞の母のことも少し書いていましたが、2008年9月2日、母に大きな変化がありました。そして、2009年6月25日亡くなりました。簡単ですが、その間のことも書きました。
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午後病院へ。部屋へ入ろうとしたら、看護師さんが、少しお休みになられていました、と言った。部屋はきれいになっていた。寝ていたが、目は覚ましていた。まだ眠そうだった。声をかけると、こちらを見て何か言おうとしたが、声が出なかった。かすれても声が出るときもあれば、ほとんど出ないときもある。今日は出なかった。耳を口に近づけても、何を言おうとしたのかわからなかった。そのうち目を閉じた。頬がさらにこけた気がする。手足が白くて冷たかった。「今日はすごく寒いよ。病院は暖かいからいいね。」というとうなずいた。母が調子悪いことを言ったが、反応がなかった。テレビを付けた。ほとんど見ようとしないが、時には自分の興味のあるものだと見るときもあるので、私がいるときは、テレビを付けるようにしている。「4時から水戸黄門だよ。よく家で見ていたね。」と言うとうなずいた。でも、水戸黄門が始まっても見ようとしなかった。私が行った頃は、咳も痰もなかったが、しばらくすると出始めた。一旦出始めると、少しの間止まらない。苦しそうなので、早く止まるといいと思うがしかたがない。真黄色の粘ばりけの強い痰だった。こんな痰が詰まったら窒息するなと思った。今のところ自力で出せているのでいいが。今日は2時間ほどいたが、ほとんど寝た姿勢のままだった。眠ってはいなかったと思うが。だんだん寝ていることが多くなっていくようだ。


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