肺がんの父をもっていた管理人です。がん発覚から死にいたるまでを書きました(2008年2月1日死亡)。また脳梗塞の母のことも少し書いていましたが、2008年9月2日、母に大きな変化がありました。そして、2009年6月25日亡くなりました。簡単ですが、その間のことも書きました。
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現在要介護2の母は、介護保険の恩恵に預かっており、週3回入浴介助のサービスを受けている。サービスを受けるきっかけとなったのは、2002年3月終わり、トイレへも行けなくなったことだった。母はその10年ほど前から多発性脳梗塞を患っており、パーキンソン病も併発していた。一時入院したが、ほとんどは自宅にいて、近所の開業医に診てもらっていた。ベッドに寝ているわけではなかったが、座椅子などにもたれて、じっとしていた。当然家事はやれなかった。トイレへ行く、食事をとるなど自分の身の回りのことだけでせいいっぱいだった。入浴もなんとか自分でやっていた。ところが、2002年3月終わりのある朝、名前を呼ばれて行くと、床にはいつくばっていた。トイレへ行きたいが立てないと言う。手伝って立たそうとしたが無理だった。その場でもらした。祖母が昔使っていた紙オムツの残りがあったので、下着を換えて、それをあて、なんとか寝かした。いつも診てもらっている医師に電話したら日曜日だが来てくれた。薬局の開店時間を待って、パンツ式になった紙オムツを買いに行った。医者も薬局も家からわずか数十メートルのところにある。便利なところに住んでいてありがたい。医師は、特にどうということはないと言った。次第に弱ってきていたので、こうなる時期が来たのだろう。以前から医師には、要介護1の認定は受けられるから、受けたらどうだと言われていた。なんとなくそんな気になれなかった。でもトイレへも行けないではどうしようもない。私がずっと家にいればいいが、仕事がある。昼間は父だけとなる。男ではトイレの世話はできない。介護サービスを頼むことにした。区役所へ行くように言われた。区役所へ行ったら、介護サービスをする業者の一覧をくれ、自分で好きなところへ電話するように言われた。近いところを選んで電話した。すぐに来てくれた。介護認定には3週間ほどかかると聞いていて、認定を受けないとサービスは受けられないと思っていたら、即日から受けられると言う。助かった。認定は後からでいいそうだ。それ以後のことはその業者を通じてすべてやれた。毎日1時間、オムツを替えるのと、体を清潔にすることを頼んだ。3週間後、要介護3と認定された。やがて、トイレへなんとか自分で行けるようになって、要介護2となった。要介護度は半年に1回ずつ見直す。

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