肺がんの父をもっていた管理人です。がん発覚から死にいたるまでを書きました(2008年2月1日死亡)。また脳梗塞の母のことも少し書いていましたが、2008年9月2日、母に大きな変化がありました。そして、2009年6月25日亡くなりました。簡単ですが、その間のことも書きました。
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主治医からは、またもう転院してもいいと言われていた。施設の空きが出るまでの当てがないと言うと、ワーカー(病院のソーシャルワーカー)通じて転院先を探してくれると言った。そのワーカーの方と打ち合わせだった。

これまでの経緯を話すと、以前骨折で入院していた病院が受け入れてくれたらそれが一番いいということになった。空きを待っている施設は、その病院と同じ医療法人の経営だからだ。その場で病院の師長さんに電話してくれた。師長さんは母のことを覚えていたようだ。1度家族受診してほしいとなった。どうやら病室の空きはあるようだ。

さっそく夜の診察時間にその病院へ行った。私が行って診察券と保険証を出して説明しようとしたら、、受付の人はもう仔細わかっていた。看護師さんたちも、「お久しぶりです。」と笑顔だ。小さい病院(12部屋32床)なので皆よく覚えていてくれる。先生も覚えていてくれて、快く受け入れてくれた。「2ケ月くらい経って施設がまだ空かなかったら、そのときにまた考えましょう。」と言ってくれた。
入院の書類を渡された。入院の日は今いる病院と打ち合わせをして決めるが、数日のうちだと言われた。

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