肺がんの父をもっていた管理人です。がん発覚から死にいたるまでを書きました(2008年2月1日死亡)。また脳梗塞の母のことも少し書いていましたが、2008年9月2日、母に大きな変化がありました。そして、2009年6月25日亡くなりました。簡単ですが、その間のことも書きました。
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いつもどおり朝食の介助に行ったが、朝食がまったく食べられなかった。薬すら飲めなかった。薬は粉状にしてあり、ヨーグルトに混ぜ合わせてスプーンで食べさせて(飲ませて?)いた。(これは6月14日(日)からこうなった。それまでは、なんとか錠剤のまま飲んでいた。)昨日までは、ゼリーやヨーグルトだけでも少し食べながら、薬入りヨーグルトを時折食べさせていた。それが今朝はできなかった。昼になんとか薬だけ飲ませられたそうだ(昼は看護師さんにお願いしている)。

そして夕食時、やはりまった何も受け付けない。それどころか「苦しい」「苦しい」を連発し始めた。「苦しい」だけではなく「もう逝かせて」「もういい」「頼む」「逝かせて」そんな言葉が「苦しい」の間に混じるようになった。ナースコールした。看護師長さんともう1人の看護師さんがすぐ来てくれた。血液中の酸素値が下がっていた。かなり痰が溜まっていたので、まず痰を吸引し、それから鼻にあててあった酸素の管をマスクに替えて、酸素濃度を上げた。それからも「苦しい」「逝かせて」などが続いた。少し前までは痰をとるとすぐに酸素値が上がったが、今はそれにも時間がかかる。聞いているのも辛い。私は涙をこらえきれなくなった。しばらたって、ようやく呼吸が落ち着いたそれと同時に「苦しい」を言わなくなった。酸素値が上がった。とりあえず一安心。病院をあとにした。

ところが、夜9時半ごろ看護師さんから電話がかかってきた。心電図、血圧、酸素値などはいいが、呼吸がかなり弱い。先生が内視鏡のついた痰の吸引機で、肺の中の痰をできる限り取ったが、それでもよくならない。今夜危ないかもしれない、と言う。病院へ行き、母を見て驚いた。夕方と全然違った。目を半ば開いてハアハアとあごで呼吸していた。でもとても弱い呼吸だ。もう目はうつろだ。苦しいという元気もなさそうだった。まるで、亡くなる日の父のようだった。3時間経っただけでこれだけ変わってしまうのだ。これはもう危ない!そう思った。医師が来てくれた。「これだけ呼吸が弱いとね・・・・できるだけのことはしましたが、(どうなっていくか)わからないです。」皆が声をかけるが反応はない。本当にもうダメなのか・・・・・祈るような気持ちで、1時間2時間と過ぎていった。そして日付が変わった頃、呼吸が落ち着いてきた。声をかけたらうなづくようになった。よかった!

母は結局生命力が強いのか。6月7日に引き続き、「もうダメ」状態をとりあえず脱した。しかし、6月7日のときよりも確実にさらに弱った。

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