肺がんの父をもっていた管理人です。がん発覚から死にいたるまでを書きました(2008年2月1日死亡)。また脳梗塞の母のことも少し書いていましたが、2008年9月2日、母に大きな変化がありました。そして、2009年6月25日亡くなりました。簡単ですが、その間のことも書きました。
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午前11時頃に、なんと父が携帯で電話してきた。「B子(叔母。父の実の妹)は、在所(ざいしょ。実家のこと。名古屋地方の方言。)へ、行かなかん。(つまり我が家へ来なきゃってこと?)」「C子(妹)のとこで、○○(聞き取れない)をしなかん。場所はわかるか?」この2つには適当に相槌を打った。そして「アミーは無事か?」「だいじょうぶだよ。アミーは元気だよ。」「よかった!」本当に安心したように言った。昨日の「黒幕がアミーを利用しようとした。」「だから黒幕をやっつけた。」話とつながっているようだ。すっかり安心したのかそれで電話を切った。
午後3時半くらいに病院へ行った。グーグー寝ていた。父についてくれている実習生が来てくれて、先ほど、Dさんという方がみえましたと言った。2年前にこの病院へ入院中、病室がいっしょだった人だ。父と気が合って、その後も連絡をとりあっている。実習生は、「でも、おわかりにならなかったようでした。」と言った。やはりそうだったか。せっかく来てくださったのに申し訳ないことだった。でもしかたがない。Dさんもわかってくださるだろう。メールを出しておこう。今日は父は落ち着いていたようだ。午前中の電話のときは、実習生もいたときだったそうだ。電話したいと言ったので、電話を渡してくれたようだ。電話して気持ちが落ち着くのなら、それがいい。実習生が、ご兄弟は何人みえるんですか?と聞いたら、5人と答えたそうだ。おもしろい。正常な状態なら、3人、あるいは、4人だったが、小さいときに1人は亡くなっているから、3人のようなもの、と答えただろう。でも、5人は正しいのだ。父が1人認めていなかっただけだ。実は心の中では認めていたのかもしれないと思った。その人ももうとっくにあの世へ行っている。父より10歳ほど年上の兄だ。今、ひょっとして、お祖母さん(父の母親)とその人が、あの世から、父に話しかけているのかもしれない。先日、仏壇からお祖母さんの声が聞こえたような気がした。私が、「なんとか父の苦しみを取り除いて下さい。元気でもう少し生きられますように。」と手を合わせたときのことだった。「それはもう、しょんないって。」というお祖母さんの声が聞こえた。父の生き様を指していると思った。人は生きてきたようにしか死ねないという。父が今これほどの苦しみを味わっているということは、それなりに、人に苦しみを与えながら生きてきたということだろう。
よく寝ているので帰ろうと思ったら、ゴホンゴホンと咳をし出して、痰を吐き始めた。そして「起きる」と言い出した。実習生に起こしてもらって車椅子に座らせてもらった。起きると、やはり痰がすごい。今日はアミーのアルバムを持っていったので、見せた。自分でパラパラとめくって、うなづいた。しばらくアルバムを置いておこう。帰らなければならない時間となった。看護師さんも来ていて、看護師さんがナースステーションへ行きますと言った。車椅子のときは1人にしておいては危ないので、いつもナースステーションへ連れて行ってくれているようだ。途中、またアミーと言った。アミーちゃん、元気だよというと、うれしそうにうなづいて、「呼吸を合わせるのはいいけれど、気をつけなかん。」と言った。黒幕の話の続きらしい。明日と明後日は、私は来れないから、妹が来るというとうなづいた。


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2007/12/08(土) 23:23 | | #[ 編集]
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