肺がんの父をもっていた管理人です。がん発覚から死にいたるまでを書きました(2008年2月1日死亡)。また脳梗塞の母のことも少し書いていましたが、2008年9月2日、母に大きな変化がありました。そして、2009年6月25日亡くなりました。簡単ですが、その間のことも書きました。
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今日も私が病院へ着く少し前に家へ電話してきたそうだ。私はまだかと。私が行く時間を覚えているのか?行ったら、飛行機をなんとかしないかんと言った。家に、金魚と青蛙がいてその横に本物の飛行機があるそうだ。「どうやったらいいのか、わっかれせんで、なんとかしとくれ。」「わかった。何とかしとくからいいよ。」そう言うと安心したようだった。

10年ほど前に父が通っていた写真教室で自分の作品として毎週提出した写真をまとめたものを持っていった。それを見ているときはとても正常だった。内容もよく覚えていた。4冊あるうちの1冊だけ持っていったが、これなら他の3冊も持っていこう。これらの写真は、1枚ずつが、たくさんの同じような写真の中から選りすぐったものだ。それだけに思い入れも深いのだろう。

医師は、そろそろ父を自宅へ引き取って欲しいようだ。時間が合わず、直接話はできなかったが、婦長さんから、先生がそう言っていると言われた。退院させると言われてからもう2週間が過ぎた。長期入院できる病院ではない。このままにしておいて、病院から直接次の病院へ行くか、次の病院の前に一旦自宅へ引き取るのか、そろそろ答えを出さないといけない。婦長さんは、無理をしなくていいとおっしゃってくださった。月曜日に次の病院の外来なので、キャンセル待ちの状況など聞いてから決めよう。あまり長そうなら、一旦家へ引き取り、それほど待たずに入れそうなら、このままにしておこう。

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