肺がんの父をもっていた管理人です。がん発覚から死にいたるまでを書きました(2008年2月1日死亡)。また脳梗塞の母のことも少し書いていましたが、2008年9月2日、母に大きな変化がありました。そして、2009年6月25日亡くなりました。簡単ですが、その間のことも書きました。
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ケアマネージャーと話した。やはり外泊では介護保険は使えないそうだ。では退院にしようと思ったが、そうすると正月休み明けからがたいへんなので、外泊にして、介護保険を使わずにケアをお願いすることにした。ベッドは無料で使わせてもらえるのがあるそうなので、それをお願いした。それからヘルパーさんに母の介護のついでに父の体の清拭をやってもらうことにした。実費なので高いが、わずか4回だ。外泊期間は12月27日~1月6日。1月6日の夜に病院へ戻る。それからE病院が空くまで、今の病院にいる。

今朝8時前に父から電話があった。「犬のえさを配っとるで、はよ取りに来い。」時間からして、おそらく朝食を配っているのだろう。それがぼんやりと父の目に入ったのだろう。次に「なんでみんなは犬に会えて、俺は会えんだ。」犬が幻覚で見えるようだ。「俺、苦して死んでまいそうだ。」「足あげましょうね。」という看護師さんの声。そうか、どうやらベッドから落ちかかっているようだ。「看護師さん来たでしょう?もうだいじょうぶだよね。」と私が言うと、「ようないわ(「よくない」の名古屋弁)。看護師なんかなんもしてくれんわ。はよ、すぐ来てくれ。」「看護師さんに電話替わって。」と言うと、素直に電話を渡したようだ。「すいません。錯綜しているようですが、よろしくお願いします。」とお願いした。

夕方行ったときには、朝の電話のことを言っても覚えていなかった。今日は実習生がいないので、ずっとナースセンターにいたようだった。「明日は実習生の人が来てくれるからね。またシャワーやってもらってね。」と言ったら、うなづいていた。


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