肺がんの父をもっていた管理人です。がん発覚から死にいたるまでを書きました(2008年2月1日死亡)。また脳梗塞の母のことも少し書いていましたが、2008年9月2日、母に大きな変化がありました。そして、2009年6月25日亡くなりました。簡単ですが、その間のことも書きました。
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父の要介護度が出た。最も重い要介護5だった。あらゆる点で人の助けを必要とする、まったくの寝たきりだ。要介護4かと予測していたので、ちょっと驚いた。さっそくケアマネージャーへ連絡した。すぐに介護保険証を取りに来た。今日区役所へ行って、業者欄の記入を済ませるという。行動が早い。いつどうなるのかはわからないので、準備しておくに越したことはないが、結局父は介護保険を使わずに終わってしまいそうだ。

母が要介護3と認定されたとき、こんなふうに排泄も自分でできずにオムツして歩けなくて、これで要介護3なら、要介護5なんていったいどんな人なんだろう?と思ったことを思い出した。まさかあの元気な父が要介護5になろうとは。

今朝9時半頃病院へ行ったら、ちょうど今から体重を測りに行くところだからいっしょに行きましょうと実習生の方に言われて、行った。車椅子のままで測れる体重測定器があるのだ。人工透析をやる部屋の入り口だった。透析をやる患者さんが次々に来て、体重を測っていた。透析の前に体重測定がいるようだ。人口透析の部屋は広い。何十床というベッドがある。こんなにも透析を必要とする人がいるのに驚いた。父の体重は、53.2kgだった。病気が発覚する前、ピーク時は68kgだったことを思うと、やせたものだ。でも身長からすると、53.2kgなら、それほどやせてはいない。今、癌がどんどん栄養をとっている。ちゃんと食べても癌にとられてしまう。それでがん患者はやせていくのだ。

その後、看護師さんから、導尿のやり方を教わり、実際私がやってみた。問題なくできた。他に触ってからそのままカテーテルに触ってしまいそうになった。カテーテルに触るときは、必ず消毒してから、という点に気をつけないといけない。

導尿後すぐに父は眠った。今朝はとても眠そうだった。夜中の2時に目覚めて、それから眠っていなかったそうだ。ちょっとしゃっくりが出ていた。今日はあまり話はしなかった。

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