肺がんの父をもっていた管理人です。がん発覚から死にいたるまでを書きました(2008年2月1日死亡)。また脳梗塞の母のことも少し書いていましたが、2008年9月2日、母に大きな変化がありました。そして、2009年6月25日亡くなりました。簡単ですが、その間のことも書きました。
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家へ来て1日目の夜中、1時頃見に行ったときはよく寝ていた。そろそろ寝ようと思って、2時半頃見に行ったら、今まさにベッドから降りようとしていた。目を覚ましたのだ。看護師さんから、夜中2時過ぎに起きることが多いと聞いていたが、やはりそうだ。「まだ夜中だよ。今から私もここで寝るからね。」というと安心したような顔になった。家にいる間は誰かが寝るようにしたほうがよさそうだ。真っ暗な中目覚めて一人ぽっちだと寂しくなるようだ。ベッドの横にホットカーペットのようだが、もっとフワフワのお昼寝マットが敷いてあるので、そこに寝た。アミーもいっしょだった。アミーは父のベッドに入っても、すぐに降りてしまうことが多い。狭くて窮屈のようだ。父はそれからなかなか寝付けないようだった。咳がよく聞こえたし、ごそごそしていた。痰もよく出た。何度かティッシュでとってやった。5時半頃にようやく静かな寝息になった。5時半は私は起きる時間だ。私はほとんど寝なかった。

午前中、9時半にヘルパーさんが来るまでは、いつもの母との2人の生活に加えて、父の食事の世話(胃ろうに液体の食事を入れる)、便をさせる、導尿するなどが加わり瞬く間に過ぎた。父の場合は、その他に、声をかけたり、痰をとったり、スプレーで口を潤してやったりなど、小さいことがいろいろあって、トータルするとずいぶん時間がかかる。ヘルパーさんが来たときには父は寝ていたので、先に母の入浴をやってもらおうと思ったら母が嫌がったので、父を起して先に父の清拭をやってもらった。ヘルパーさんは、父が家にいる間は、2時間半~3時間にしてもらって、母の入浴と父の清拭、それから掃除をお願いしてある。ヘルパーさんが母の入浴をやっているときにお寺の住職がみえた。今日は祖母の月命日だ。父は住職と親しかった。お寺の写真クラブに所属していたし、お寺の行事に参加もしていた。住職は父が退院したことも知ってみえた。父に会わせた。父はそのとき、椅子に座らせてあった。住職に声をかけてもらうと、わけのわからないことを言い出した。住職がえっ?という様子をされたので、「幻想が出ていますので、気になさらずに。」と言っておいた。お寺さんがお経をあげている間は私もいっしょに仏間(座敷)にいた。その後父の様子を見たら、おとなしく先ほど椅子に座らせたままだったので、ヘルパーさんに時々父をのぞいて欲しいと頼み、急ぎ買い物へ行った。12時頃妹が来てくれた。昼食の後片付けと、父の昼食をやってもらっている間に、私は夕食の準備をした。あっという間に1時20分になり、私は仕事へ。

1時半には訪問看護の初日だった。私はいないので、妹に頼んでいった。初日なのでいろいろな説明とオラルケアと胃ろうの消毒などをやっていたようだ。24時間体制をとってくれている。いつでも電話で困ったときは相談できるので助かる。

父は夜も便をした。妹がいるときにも1回して、今日は3回もした。尿も朝晩2回の導尿で通常通りの量だ。夜は「今夜も夜中になったら私がここへ来て寝るからね。」と最初から言っておいた。安心して眠ったようだ。

あわただしく退院後2日目が過ぎた。父の調子は、肺癌末期の患者としてはそれほど悪くない。


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2007/12/30(日) 22:22 | | #[ 編集]
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2007/12/30(日) 23:29 | | #[ 編集]
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