肺がんの父をもっていた管理人です。がん発覚から死にいたるまでを書きました(2008年2月1日死亡)。また脳梗塞の母のことも少し書いていましたが、2008年9月2日、母に大きな変化がありました。そして、2009年6月25日亡くなりました。簡単ですが、その間のことも書きました。
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2008年にになった瞬間は父の部屋にいた。本当は母もいっしょだとよかったが、母は腰が痛くてほとんど歩くことができなかった。母の部屋から父の部屋へは、2部屋分の長さの廊下を歩かなければならない。それが困難だ。父はよく眠っていた。無事新年を迎えることができてよかった。あと何ケ月生きることができるのかはわからないが、まぎれもなく2008年は父の最後の年になるだろう。

父は朝目覚めると、「気球が3つある。」と言った。そして「天気で来ないかもしれない。」と言った。夢?幻覚?

耳に入ってくるニュースが、自分の世界のことになることもあるようだ。岐阜県の山で7人が遭難したというニュースをテレビでやっていた。それが父の耳に入って、父の世界のことになったようだ。「岐阜県対策本部へ電話して、怪我をしているかどうか確認する。」と言い出した。自分で連絡をとっているが、私にもとるようにと言う。私は「わかった。とってくるね。」と部屋を出た。少し経って部屋へ行った。
父「岐阜はどうだった?」
私「だいじょうぶだよ。」
父「連絡とれたか?」
私「とれた。無事だったよ。」
父「そうか、よかった。」
心から安堵したようだった。仮想世界に付き合うのも骨が折れる。適当な受け答えになるので、うまくかみ合えばいいが、合わないとどこまでもおかしなことになる。

姪(父にとって孫)が今年成人式だ。今日写真の前撮りだったので、振袖姿を父に見せに来た。父は孫の晴れ姿を認識することができた。よかった!見たとたんに「きれいだ。」と言った。続いて「美人だ。」と言って、涙を流した。孫に対しているときの父は正常だった。父の涙を見て、私ももらい泣きをした。姪が部屋を出て行ってからも父は「よかった、よかった」と枕を涙でぬらしていた。待ちに待った孫の晴れ姿だった。これを見るまでは元気でいるという想いがあったに違いない。


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