肺がんの父をもっていた管理人です。がん発覚から死にいたるまでを書きました(2008年2月1日死亡)。また脳梗塞の母のことも少し書いていましたが、2008年9月2日、母に大きな変化がありました。そして、2009年6月25日亡くなりました。簡単ですが、その間のことも書きました。
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今日は父は病院で静かにしていたそうだ。昨日入院してすぐのとき、けっこう騒いだので疲れたのだろう。昨日は食べ物をやたらに欲しがった。かわいそうだがしかたがない。

家で、臨時に父の部屋になった応接間へ入ると、寒々としている。ベッドは空だ。なんとも寂しい。昨日までは終日エアコンつけっぱなしで暖かかった。ベッドには父が寝ていた。わずか9日間だったが、それでも生きている人間がいたのだ。ぬくもりがあった。

父が家にいても、正常なときのように、庭いじりをやったり、写真を撮ったり、日曜大工的なことをやったりという、普段の父の日常的なことが何もできなかった。ただ、ベッドにいて、半分以上は寝ていて、起きているときはテレビを見たり、ポツりポツリと話をする(というよりは単語を並べる)だけだった。それも、声がかすれているし、発音も不明瞭で、よく聞き取れない。短期間だったが、せっかく自宅へ帰れたのだから、好きなことをやって残りの人生を過ごせるとよかったが、結局今回も何もできなかった。

父が最後に庭いじりをしたのは、昨年10月20、21日、入院中に外泊許可をもらったときだった。サボテンの鉢の雑草をとったりしていた。その1週間後にも外泊許可をもらって帰宅したが、その時はえらくて何もできなかった。それからは体調は悪くなるばかりで、じっとしているだけだった。

1月1日に書き忘れたが、年賀状が来たと言うと、見るというので束を渡したら、めがねをかけて見ようとしたが、手に持ったままで、1枚ずつめくることができないと言う。それで私が1枚ずつ、○○さんからだよといって、見せながら読んだ。一人一人の名前にうなづいたので、誰かはわかったようだ。


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