肺がんの父をもっていた管理人です。がん発覚から死にいたるまでを書きました(2008年2月1日死亡)。また脳梗塞の母のことも少し書いていましたが、2008年9月2日、母に大きな変化がありました。そして、2009年6月25日亡くなりました。簡単ですが、その間のことも書きました。
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今日も昨日と同じ朝9時に病院へ行った。昨日のように部屋は乱雑ではなかった。夜よく眠れたそうだ。明け方に目覚め、しばらく起きていて、また眠ったそうだ。私が行ったときは眠っていた。昨日同様、私がいたほとんどの時間眠っていた。私も眠くなってソファーベッドで眠った。もう帰らねば、という時間になって目を覚ました。ティッシュケースが何かに見えるらしく、指差してしきりに何か言っていた。残念ながら何を言っているのかさっぱりわからなかった。車椅子に座るかと聞いたら、座ると言うのでナースコールして看護師さんを呼んだ。もう帰らねばならないギリギリの時間だったので、あとお願いしますと言って帰った。しかたがない。

夕方妹が行った。そのときもよく寝ていたそうだ。昼間はけっこう起きていて、車椅子でナースステーションにいたそうだ。でも、話ができなかったそうだ。何か言っているが何を言っているのかわからない状態だったようだ。この状況、つまり意識の混迷は、15日からおきている。15日は直接会ってはいないが、何度か電話がかかってきた。そのとき、何かかすかな声が聞こえるような気がするが、よくわからなかった。14日は、飛行機だの北京だのおかしなことを言ってはいたが、言っていることはわかった。認知症のような症状だ。でも今はそれすらない。おかしなことを言っているときは、まだそれなりに脳が働いているのだ。今の状態は脳が相当弱っていることを示していて、こうなると、もう死は近いそうだ。

でも、別にまだ死ななくていい。医師の予想など当たらなくていい。せっかく緩和ケア病棟へ入れたのだから、もう少しゆっくりしよう。現在、多くの末期がんの患者が、よりよい終末期の医療・看護を受けたくて、緩和ケア病棟への入院を希望している。しかし多くは、入れないままに亡くなっている。この状況を考えると、父が緩和ケア病棟へ入れたのは本当に幸運だった。だから、もっとここの生活を味わおう。ここは何ケ月いたってかまやしない。こんなに長くいた人はいなかったって言われるくらいに長くいよう。急いで死ぬことなんかない。ゆっくり、ゆっくりしよう・・・・・


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2008/01/18(金) 14:15 | | #[ 編集]
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